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終戦70周年に真珠湾で長岡花火を!それは慰霊と世界恒久平和への祈り [ニュース]

ハワイはホノルル市の真珠湾で、長岡花火を打ち上げる計画があるそうですね!


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長岡花火が念願の真珠湾での打ち上げへ


2014年8月2日、長岡ホノルル日米友好記念事業委員会の初会合において、来年2015年8月15日の終戦70周年に合わせて、ハワイはホノルル市の真珠湾にて、長岡花火を打ち上げる計画が決まったそうです。


長岡市とホノルル市は2012年に姉妹都市提携を結んでおり、これまでもワイキキビーチで花火を打ち上げるなど花火を通して交流を深めてきましたが、来年は節目を迎えることから初めて真珠湾で打ち上げることとなりました。


真珠湾は軍港であるため、花火などの打ち上げはこれまで断られてきたそうですが、3月にホノルル市を訪れた長岡市の森市長が米軍側になんとか打診し、今月までに協力を取りつけたとのことです。


会合後の記者会見の場で、長岡市の森市長は、
花火を通じて世界に平和へのメッセージを伝えることは長岡市の責任だ
とコメントしました。

またホノルル市ののコールドウェル市長は、
悲劇を二度と起こさないという強い思いが私たちを結びつけている。
真珠湾で打ち上げる花火は、歴史的な出来事になる
と話しました。


長岡花火は戦災復興と平和への祈りを込めて打ち上げられている


日本三大花火大会と言えば、

全国花火競技大会 大曲の花火」(秋田)
土浦全国花火競技大会」(茨城)
長岡まつり大花火大会」(新潟)

が有名ですよね。


中でも圧巻のスケールを誇り、日本一華麗で美しいとも称される長岡花火ですが、実は、戦災復興と平和への祈りを込めて打ち上げられていることをご存知でしょうか?



終戦間近の1945年8月1日の夜10時半頃から8月2日の午前0時過ぎにかけて、長岡は米軍による空襲を受けました。
投下された焼夷弾は925トン、16万3千発におよび、長岡の市街地の8割が焼き払われ、1470名を超える方達が亡くなりました。


その翌年、戦争の犠牲になられた方々への慰霊の意味と戦災復興、また戦争の惨禍を二度と繰り返してはならないという思いと世界恒久平和を願い、花火を打ち上げたのだそうです。


そしてこの復興祭は、今日に至るまで続いています。


復興祭「長岡まつり」は現在、空襲のあった8月1日を前夜祭として、8月3日までの3日間行われています。


花火大会の開始前には、空襲で亡くなられた方々への慰霊の意味と平和への祈りを込めて、慰霊の花火白菊」が打ち上げられています。

nagaoka1.jpg
出典:流離い人の栖


姉妹都市提携によって深まった絆


1941年12月8日、太平洋戦争において、ホノルル市は日本海軍による真珠湾攻撃を受け、大きな被害を受けました。

この真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令長官 山本五十六(やまもと いそろく)の故郷は、新潟県長岡市なのだそうです。
山本五十六は最後まで開戦に反対したそうですが、結果的に連合艦隊を率いて戦いました。


このような繋がりがあったことから、2007年にホノルル市で行われた日米市長交流会議に長岡市の森市長が出席し、戦争で同じように痛みを受けた両市の交流が始まりました。



その後、平和交流事業を深めていく中で、2009年にホノルル市のコールドウェル副市長が長岡を訪れ、長岡花火を観覧し、花火に犠牲者の慰霊と平和への祈りが込められていることに感動したそうです。


そして、
長岡花火を是非ホノルルでも打ち上げてほしい
と要望されたそうです。


しかしながら当時において、9.11のテロ以降は花火玉を日本国外に持ち出すことができなかったこともあり、すぐには実現できませんでした。


その後も相互交流を続け、関係者の働きかけと絶え間ない努力によってようやく理解を得ることができ、2012年3月2日(ハワイ時間)にホノルル市と長岡市が姉妹都市提携を結びました。


そして2012年3月4日、ホノルルフェスティバルでグランドパレードが終わった後、ワイキキビーチにて、念願の長岡花火を打ち上げることができました。

※実際には2011年3月にホノルルフェスティバルで花火が打ち上げられる予定でしたが、 東日本大震災があったため、中止になっています。


出典:honolulufestival Nagaoka City's Hanabi Fireworks Show at 2012 Honolulu Festival



ハワイはワイキキビーチでの長岡花火も綺麗ですね!

ちなみに花火の打ち上げはワイキキビーチ沖から約300メートルのところに台船をおいて、打ち上げているのだそうです。


また12月8日(日本時間)には、真珠湾追悼式として、長岡の地で真珠湾で亡くなられた方々の慰霊のために、慰霊と世界平和への願いを込めて花火が打ち上げられました。


花火」を英語で直訳すると

フラワー(花) ファイヤー(火)」で、

空に花火を打ち上げることは、

花を捧げる」という意味があるのだそうです。

長岡花火では花火が打ち上がった際に、手を合わせて祈りを捧げる方も多く見受けられるそうです。


受け継がれてきた世界恒久平和への願い


放浪の天才画家、裸の大将こと、山下清画伯が描いた「長岡の花火」は有名ですよね。
この作品は、1949年に長岡花火を観に行き、描かれたものだそうです。


そして次の素敵な言葉を残しています。


「みんなが爆弾なんかつくらないできれいな花火ばかりをつくっていたら、きっと戦争なんか起きなかったんだな」

山下清



nagaoka2.jpg
山下清作 「長岡の花火」



またその山下清画伯の描いた「長岡の花火」を今でも家宝として大切に所蔵しているのが、花火師の嘉瀬誠次氏です。

嘉瀬誠次氏も次の言葉を残しています。


「全ての爆弾を花火に換えたいねー。
二度と爆弾が空から落ちてこない、平和な世の中であってほしいんだよ。
破壊のための火薬を楽しみのために使うんさ」

嘉瀬誠次




どちらも心に染みる名言ですよね。


私は戦争を知らない世代ですが、戦争の歴史については、先人たちの話や残された遺品や戦災資料館などから学びました。

もうしばらくすると、戦争を経験した方々がいなくなると言われています。
その時には、戦争を経験していない私たちが、先人たちからの教えられたことを次の世代へ語り継いでいかないといけないのだと思います。


最近常々思うのですが、日本は本当に恵まれていますよね。
先人たちが願って築き上げ、守り続けてきた平和が今日も続いていることは、本当に感謝しないといけません。

そして、かつて戦争をしていた国同士であっても、長岡市とホノルル市はこうして絆でつながることができたわけですから、その祈りがもっと広がれば、平和な世界だって築いていけるのではないかと思います。


参考文献:長岡まつり公式サイト


参考文献:HONOLULU Festival




出典:1tsubame 2014 長岡花火 フェニックス [4K] Revival prayer fireworks【Phoenix】 2014年8月2日 Nagaoka Fireworks festival




出典:1tsubame この空の花 2014 長岡花火 [4K] Nagaoka Fireworks festival 【Konosoranohana-hanabi】




出典:1tsubame 2014 長岡花火 天地人花火 「野村煙火工業」 [4K] 2014年8月3日 Nagaoka Fireworks festival


P.S.
長岡花火「フェニックス」は不死鳥という意味で命名されており、戦災復興のほか、新潟県中越大震災や東北大震災への復興の願いも込められています。


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